ビルやマンション、 私たちの街の景色を作る建物たち。
でも、その建て方には ちゃーんとルールがあるんです。
今回は、あるマンションの「変更計画」をめぐって、 デベロッパー、ご近所、そして行政が 真っ向からぶつかり合ったお話。
東京高等裁判所で実際にあった、 ちょっと複雑な建築ルールの攻防戦 (平成30年12月19日判決言渡、 事件名:「平成30年(行コ)第199号 建築変更確認取消裁決取消請求控訴事件」) を、いつものように、 みんな大好きストーリー仕立てでご紹介!
さあ、ハラハラドキドキの裁判ばなし開演です!
ほぼ完成マンションに「待った!」 ~駐車場の避難ルール違反?~
【 今日の主な登場人物はコチラ! 】
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マンション建てちゃうぞ連合 (控訴人ら:株式会社NIPPO 、神鋼不動産株式会社 ) 「計画通りに進めてたのに、今さら横やりなんて!」 マンション建設を進めるデベロッパー。
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お目付け役!都庁審査会 (被控訴人:東京都、裁決行政庁:東京都建築審査会 ) 「ルールはルール。違反は見逃せませんぞ!」 建築のルールを厳しくチェックする行政機関。
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「ちょっと待った!」ご近所 (被控訴人参加人:マンションの周辺住民) 「私たちの安全も考えてよ!その計画、おかしいって!」 マンションの計画に異議を唱える住民の方々。
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助っ人設計屋 (控訴人ら補助参加人:株式会社日建ハウジングシステム ) 「いやいや、ウチの設計はバッチリなはず…!」 マンションの設計を担当した会社。
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話題のマンション (本件マンション) ほぼ出来上がっていたのに、計画に「待った」がかかった建物。
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注目の駐車場 (本件駐車場:北棟1階の自動車車庫 ) 今回の騒動の中心地。キミは「避難階」にいるの?いないの?
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キビシイ例の条例 (都条例32条6号 ) 駐車場の避難に関する、今回のキーパーソン(条文)。
【 第一幕 】「順調だったのに…」 変更計画にまさかの「ノー!」
「マンション建てちゃうぞ連合」(以下、デベロッパー)は、 大きな共同住宅(本件マンション)の建設を進めていました。
最初に建築確認(原処分)を受け、 その後、計画の一部を変更する 「建築計画変更確認処分」(本件処分)も、 指定確認検査機関から無事ゲット。
マンションの販売も始まり、 なんと平成27年5月には完売御礼。 工事も着々と進み、 本件裁決(後述)が出た時点で、 全体の9割が完成していました。
ところが!
この「変更確認処分」に対して、 「ちょっと待った!」ご近所(以下、住民)が立ち上がります。
「その変更計画、条例違反じゃないの?取り消して!」 と、東京都建築審査会(以下、審査会)に 審査請求を申し立てたのです。
そして、平成27年11月2日。 審査会は住民の訴えを認め、
「むむっ、このマンションの建築計画、 確かに都条例(都条例32条6号)に違反してるね。 本件処分(変更確認処分)は取り消し!」
という裁決(本件裁決)を下してしまいました。
さらに都はデベロッパーに対し、 条例違反を理由に是正計画を出すよう求めてきました。
【 第二幕 】「納得いかん!」 デベロッパー、今度は裁判所へ!しかし…
「9割も出来てるのに、 今さら取り消しなんて冗談じゃない!」
デベロッパーは、この審査会の裁決(本件裁決)こそ違法だ!と主張し、 その取り消しを求めて東京地方裁判所に訴えを起こしました。
しかし、地裁の判断は…
「うーん、審査会の判断、 間違ってるとは言えないなぁ…」
と、デベロッパーの請求を棄却。 まさかの敗訴です。
「こうなったら、高等裁判所だ!」
デベロッパーは諦めません。 東京高等裁判所に控訴し、 戦いの舞台は第二ラウンドへ!
【 第三幕 】高裁での大激論! 「駐車場は避難階?」「避難階段はある?」
高等裁判所では、主に3つの点で 激しい議論が交わされました。
争点1:駐車場の計画、本当に条例違反なの? (都条例32条6号違反の判断の誤りについて )
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デベロッパー&助っ人設計屋側の主張:
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「例の駐車場(本件駐車場)はね、 スロープ(本件車路)で地上とつながってるけど、 同じ『層』だから『避難階』 (直接地上へ避難できる階)にあるんですよ! だから、条例の厳しい避難階段のルールは 適用されないはず!」
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「それに、ちゃんと避難できるルートは 4つも確保してるんです! これで安全じゃないなんて言わせない!」
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裁判所の判断(ビシッ!):
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「まず『避難階』の定義だけどね、 施行令13条1号では 『直接地上へ通ずる出入口のある階』って書いてある。 これは、階段やスロープを介さずに 地上に出られる状態のことだよ。 この駐車場は、約2.5mの高低差があるスロープを 使わないと地上に出られないから、 『避難階』とは言えないね」
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「スロープが駐車場の一部だとしても、 結論は変わらないよ」
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「じゃあ、避難階段はどうかな? デベロッパーが言う4つのルートだけど…」
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「①スロープ自体は、手すりがなくて 避難施設とは言えないね」
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「②と③の直通階段A・Bは、 駐車場がある北棟じゃなくて、 南棟の住宅部分にある。 これは駐車場のために義務付けられた 避難階段とは言えないし、 条例が求める屋外避難階段の条件も 満たしてないよ」
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「④の避難階段Cも、 駐車場と違う東棟にあって、 しかも南棟の廊下を通らないと行けない。 これも駐車場の避難階段とは評価できないなぁ」
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「というわけで、この駐車場は避難階になくて、 条例が求める避難階段もない。 やっぱり条例違反だね」
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争点2:審査会の裁決、手続き的に問題なかったの? (本件裁決に係る手続上の違法性について )
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デベロッパー側の主張:
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「審査会の審理期間、長すぎたでしょ!」
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「そもそも、住民に条例違反を主張する資格なんて ないはずだ!」
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「裁決の理由もちゃんと書かれてない!」
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裁判所の判断(ふむふむ…):
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「審理期間はね、あくまで目安(訓示規定)だから、 過ぎても直ちに違法じゃないよ。 内容を考えれば、特に不合理とも言えないね」
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「住民の主張資格については、 行政不服審査法が行政事件訴訟法の関連規定を 準用してないから、この主張は通らないんだ」
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「裁決理由は、条例違反という結論に至った過程が ちゃんと書かれてるから、不備はないよ」
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争点3:9割も出来てるのに取り消しは酷すぎない? (本件裁決に係る裁量権の範囲の逸脱又はその濫用等の有無について )
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デベロッパー側の主張:
- 「たった一つの条例違反で、 ほぼ完成してるマンションの変更確認を取り消すなんて、 公共の福祉に反するでしょ! こういう時は、例外的にOKにする 『事情裁決』をすべきだったんだ!」
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裁判所の判断(うーん、しかし…):
- 「都条例32条6号の避難階段のルールは、 災害時の人の命を守るための大切なもの。 これに違反してる計画の確認を取り消すことが、 公共の福祉に合わないとは言えないね。 だから、事情裁決をしなかった審査会の判断は、 別に間違ってないよ」
【 最終幕 】デベロッパーの願い届かず… 高裁も「控訴棄却!」
そして、平成30年12月19日、 東京高等裁判所は判決を言い渡しました。
裁判長:
「うーん、デベロッパーたちの言い分も 色々聞いたけどね…
やっぱり、条例違反は明らかだし、 審査会の裁決(変更確認の取り消し)も、 手続きや裁量に問題があったとは言えないなぁ」
「というわけで、原判決(地裁の判断)は相当。 本件控訴は理由がないから、棄却します!」
こうして、デベロッパーの訴えは、 高等裁判所でも認められませんでした。
ほぼ完成していたマンションの変更計画は、 駐車場の避難ルールという「条例の壁」に 阻まれてしまったのです。
街の安全を守るためのルールと、 進んでしまった建設計画。
その間で揺れ動いた関係者たち。
このお話、私たちに何を教えてくれるのでしょうか…。
【 このお話で、なんとなく分かったこと 】
「避難階」の定義は意外と厳格! スロープでつながっていても、 直接地上に出られなければ「避難階」とは 認められにくいみたい。
マンション内の避難階段は、 それが「どの部分のためのものか」 「どこに設置されているか」が重要。 違う棟にあったり、使い勝手が悪かったりすると、 条例が求める避難階段とは 見なされないことがあるんだね。
行政の審理期間が多少延びても、 それだけですぐに「違法」とは ならないことが多いみたい。
建物がかなり出来上がっていても、 法律や条例の違反が見つかれば、 行政はその許可を取り消すことがある。 そして、その取り消しが「公共の福祉に反する」とまでは 言えない限り、裁判所もその判断を 尊重する傾向にあるようだね (事情裁決は簡単には認められない)。
(おしまいっ!)