我々は、単なる「調理場」のことを、なぜか「食の真理を探究するラボラトリー」のように語ってしまう癖があります。
プレゼン前夜、ボスのタートルネックがいつもより黒光りしているときは、ただの流し台が「生命の源泉」に昇華される合図です。
【建築ポエム会議】キッチン編
とある設計事務所の深夜。 一級建築士のボスと、その部下たちが、翌日のプレゼン資料を前に頭を抱えていました。
ボス: 「……ボツだ。この資料、あまりにも実用的すぎる。なんだこの『お掃除しやすい、人造大理石のキッチン』という、家電量販店のチラシみたいな言葉は。」
【登場人物】
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ボス: 生活感を憎み、概念で白飯を食う所長。
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チーフ: 無茶振りをポエムに焼く、目がバキバキの魔術師。
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新人: 唯一の人間。心のツッコミが止まらない。
チーフ: 「すみません。つい、撥水性能を優先してしまいました。では、『人工的な石の結晶が、調理という名のドラマを静かに受け止める器』に変えましょうか?」
ボス: 「いいぞ。その調子だ。ついでに、この『ただの床下収納』も、もっと哲学的に格上げしてくれ。」
新人: 「えっ、でも普通に『床下収納』でいい気がします。お醤油の予備とか置けますし、便利ですよ?」
チーフ: 「(やさしく諭す)新人くん、それはね、『家の地下深くに埋まった、日常をそっと貯めておく秘密のアーカイブ・ヴォイド』だよ。そこに手を伸ばすとき、施主はちょっとした宇宙を感じるんだ。」
新人: (心の声:いや、ただのプラスチックの箱ですよ……)
ボス: 「よし、仕上げだ。この『油が跳ねまくってリビングまでギトギトになるアイランドキッチン』をどう表現する?」
チーフ: 「『食を通じて、家族の心がひとつに溶け合う円形のプラットフォーム』です。油跳ねは、『家族の活気が空間に刻む、躍動のしぶき』と呼びましょう。」
新人: (心の声:絶対、あとでお掃除が地獄だって怒られるやつだ……)
なぜ我々はポエムを詠むのか
キッチンは「生ゴミ」や「排水溝のヌメリ」といった、我々が一番おそれている「生々しい生活感」が爆発する場所です。
だからこそ、あえて難しい言葉を使って、「ここは単なる台所じゃない、聖域なんだ」と思い込みたいのかもしれません。
「光の粒子がシンクに反射し……」と熱弁している間、我々の脳内からは「昨日から放置した洗い物」という現実がふんわりと消し去られています。 もはや一種の、自分たちを守るための魔法ですね。
まとめ
建築は、ポエムよりも「排気計算」と「コンセントの数」でできています。
どれだけ素敵な言葉を並べても、魚を焼いた煙がリビングに充満すれば、そこはただの煙たい部屋です。
もし我々が「宇宙」を語りだしたら、そっと「食洗機のカタログ」を差し出して、現実に引き戻してあげてください。