テリトリアリティを設計に活かす|建築×心理学

建築設計 × 心理学

テリトリアリティ——壁なしで境界をつくる技術人が「居場所」と感じる空間の設計論

For Architects & Space Designers

この記事を読むと、「人がある場所を自分のものとして感じる」という心理メカニズムを設計に組み込む引き出しが増えます。オフィス・商業施設・住宅——どんな空間でも、テリトリアリティの理解は「使われる空間」と「素通りされる空間」の差を生み出す鍵になります。

SECTION 01

テリトリアリティとは何か

「テリトリー(territory)」という英単語は、ラテン語の territorium(土地・支配地域)に由来します。動物が自分の縄張りを守る行動、あれです。テリトリアリティとは、人や動物が「ここは自分の場所だ」と感じ、その空間を守ろうとする心理的・行動的な傾向のこと。

環境心理学者のロバート・ソマー(Robert Sommer)は1969年の著書 Personal Space の中でテリトリー概念を人間の空間行動に体系的に応用しました。そこで示された3分類が今も設計の基礎になっています。

ソマーのテリトリー3分類(1969)

一次的テリトリー

自宅・自室など
完全に自分のもの

二次的テリトリー

行きつけの席など
半専有の場所

公共的テリトリー

公園のベンチなど
一時的な占有

設計者にとって重要なのは、テリトリー感は物理的な壁や鍵がなくても生まれるという点です。わずかな段差、視線の抜け方、家具の配置——そういった空間的な「しかけ」が、人に「ここは自分の場所」という感覚を与えます。

日常でも、テリトリアリティは頻繁に起きています。次の2つのシーンを比べてみてください。


✗ 失敗例

「どこでも使っていい」が誰も使わない

フリーアドレスのオフィスを導入したが、どの席も「自分の場所」という感覚が持てず、社員は毎朝同じ席を探して歩き回る。特定のエリアだけが混雑し、広い空間の大半が空いたまま。誰も荷物を置かず、片付けもしない。

✓ 成功例

「ここが自分のゾーン」が生む愛着

同じフリーアドレスでも、ブース型の仕切りとロッカーをゾーンごとに設けると変わる。社員は「このゾーンが自分のチームの場所」と感じ、自然と同じエリアに集まる。荷物を置き、植物を飾り始める。テリトリー感が生まれた瞬間、空間は「使われる場所」になる。

SECTION 02

設計に応用する3つのテクニック

テリトリアリティは「意図して設計できる」心理です。以下の3つのテクニックは、壁を増やすことなく「自分の場所」という感覚を空間に組み込む方法です。

01

ZONE DESIGN — オフィス・図書館・商業施設

段差と素材で「ゾーン境界」を引く

床の仕上げ材を変える。10〜15cmの段差を入れる。天井高を少し下げる。これだけで、人は「エリアが変わった」と無意識に感じ取ります。壁も扉もいらない。素材と高さの変化が、見えない境界線を引く。その境界の内側が「自分のゾーン」になっていきます。

人間は空間を「囲まれ感(enclosure)」で把握します。建築環境心理の研究者ロジャー・ウルリッヒ(Roger Ulrich)らの研究でも、適度な囲まれ感がある空間は開放的すぎる空間に比べて滞在時間・満足度ともに高いことが示されています。視覚的な「ここまでが自分のテリトリー」という手がかりが、安心感と帰属感を同時に生み出す。設計の一手で、空間は「居場所」に変わります。

💡 設計のコツ:床材の切り替えラインは、家具配置の中心ではなく「進入側の手前」に設けると、入った瞬間にゾーンへの「入場感」が生まれる。

📌 CASE STUDY

シアトル中央図書館

設計:OMA(レム・コールハース)/ 米国シアトル / 2004年竣工

各フロアを機能別にゾーン分けし、床・壁・天井の素材と色を大胆に変えることで、利用者が「今どのテリトリーにいるか」を直感的に把握できる構成になっています。読書エリアでは床を柔らかい素材に切り替え、囲まれ感のある天井高を設定。利用者の滞在を促す「居場所のテリトリー」が設計言語として組み込まれています。

02

MARKER DESIGN — 住宅・集合住宅・医療施設

「マーキング」できる余白を残す

棚板を1枚追加できる壁のくぼみ。個人の物を置けるカウンタースペース。名前シールを貼れる小さなプレートホルダー。こうした「自分のものを刻める余白」が、テリトリー感を育てます。すべてを完成させてはいけない。未完の余白こそが、使う人の「自分の場所化」を促す余地になります。

テリトリアリティの重要な行動のひとつが「マーキング」です。人は自分のテリトリーに物を置く、印をつけるという行動で所有感を確認します。イギリスの環境心理学者ケビン・リンチ(Kevin Lynch)の都市研究でも、人々がランドマーク(目印)を通じて空間を自分のものとして認識するプロセスが示されています(Lynch, 1960, The Image of the City)。設計に「マーキングできる場」を組み込むと、空間は住む人・使う人に育てられていく。

💡 設計のコツ:医療施設の個室では、ベッド脇に10〜15cm幅のニッチ棚を設けるだけで、患者が写真や小物を置けるようになり、テリトリー感と安心感が同時に生まれる。

📌 CASE STUDY

ネマ・ウォールとパーソナライゼーション研究

研究者:Eric Laurier、Chris Philo / グラスゴー大学 / 2006年発表(論文 “Possible geographies”, Area誌)

カフェや公共空間における「場所取り行動」の観察研究で、人はバッグや上着・ノートPCなどの私物を置くことで空間を一時的に自分のテリトリーとして確立することが示されています。物を「置く」という行為そのものがテリトリーの宣言であり、設計上その行為を後押しする面・棚・くぼみが滞在率の向上に直結することが確認されています。

03

THRESHOLD DESIGN — 集合住宅・商業施設・学校

「移行空間」で内外のテリトリーを分ける

玄関土間、共用廊下のアルコーブ、店舗入口の小さなポーチ。こうした「内でも外でもない中間領域」が、テリトリーの切り替えを助けます。ここを踏んだら「自分の場所に入った」と感じる——その体験が、空間への帰属意識を高めます。移行空間は面積ではなく、体験の「しきい」です。

建築家クリストファー・アレグザンダーは A Pattern Language(1977年、オックスフォード大学出版)の中で「移行空間(Entrance Transition)」をパターン第112番として定義しました。外部と内部のあいだに空間的な段差を設けることで、テリトリーの境界が明確になり、人は「中に入った」という心理的な切り替えを経験できると述べています。内外を分けるのは扉ではなく、空間の体験。それがテリトリー感の核心です。

💡 設計のコツ:集合住宅の共用廊下では、各住戸の前に奥行き60〜80cm程度のアルコーブを設けるだけで、住民が鉢植えや傘立てを置き、自然とテリトリーを「育て始める」。

📌 CASE STUDY

ロビン・フッド・ガーデンズ

設計:アリソン&ピーター・スミスソン / 英国ロンドン / 1972年竣工

各住戸へのアプローチとなる「ストリート・イン・ザ・スカイ(空中の通り)」を設け、廊下を単なる動線ではなく住民同士が立ち止まり交流できる半パブリックなテリトリーとして設計しました。各住戸の入口前には奥まったアルコーブが配置され、住民が自分のテリトリーとして使えるエッジが意図的につくられています。

SECTION 03

まとめ早見表

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やりたいこと 設計のコツ キーワード 使いどころ
滞在時間を延ばしたい 床材・天井高・段差でゾーン境界を引き、囲まれ感を設計する ゾーンテリトリー/囲まれ感 オフィス・図書館・カフェ
空間への愛着を育てたい 物を置ける棚・ニッチ・カウンターの余白を残し、マーキングを促す マーキング行動/場所の個人化 住宅・医療施設・集合住宅
帰属意識・安心感を高めたい 玄関・廊下・ポーチに「移行空間」を設け、内外のテリトリー切り替えを体験させる 移行空間/しきい体験 学校・商業施設・集合住宅エントランス

CLOSING

「自分の場所」と感じた瞬間、人は空間を守り、使い、育て始める。

テリトリアリティは、防犯や管理の文脈で語られがちです。でも設計者にとって本当に大切なのは、「自分の場所」という感覚が人の行動をどう変えるかというポジティブな側面です。床材1枚の切り替え、棚ひとつの余白、玄関先のちょっとした奥まり——そのどれもが、使う人の「ここが自分の場所だ」という確信を静かに育てていきます。

あなたが最近手がけた空間で、「使われていないエリア」はありましたか?もしそこにテリトリー感が欠けていたとしたら——次の設計ではどんな「しかけ」を試してみたいか、ぜひコメント欄で教えてください。

テリトリアリティ × Architecture Design