法律が後手に回る理由 ― 事件のたびに改正される構造(第1回)

シリーズ「条文の向こう側」 ― 第1回 / 全4回

法律が後手に回る理由
― 事件のたびに改正される構造

この記事の要点
建築基準法の防火・避難・耐震規定は、そのほとんどが事件や災害の「後」に追加されてきました。なぜ法律は先回りできないのか。背景にある3つの構造(コスト、合意形成のタイミング、想定の限界)を整理し、第1条にある「最低の基準」という言葉の意味を考えます。

はじめに ― 条文の年表を眺めてみる

建築基準法の条文を一つひとつ眺めていくと、ある共通点に気づきます。防火規定、避難規定、耐震規定、確認検査の仕組み――そのほとんどが、何もない平穏な状況から生まれたわけではなく、大きな事故や災害の「後」に追加されているという点です。

主な出来事を年表にすると、次のようになります。

1923
関東大震災
翌1924年、市街地建築物法の改正により初めて耐震規定(設計震度)が導入された。[3]
1950
建築基準法 制定
市街地建築物法を全面改正し、現在の建築基準法が公布された。
1972
千日デパート火災 死者118人
国内ビル火災で最悪の被害となり、特定防火対象物へのスプリンクラー・防火戸の設置義務化など消防法改正につながった。[1]
1981
新耐震基準 施行
1978年の宮城県沖地震を受け、震度6〜7程度でも倒壊・崩壊しないことを求める基準が導入された。[3]
2001
新宿歌舞伎町ビル火災 死者44人
28年ぶりとなる消防法の大幅改正につながり、二方向避難の確保などが明確化された。[2]
2005
耐震偽装事件(姉歯事件)
構造計算書の偽造が発覚し、2007年の建築基準法改正で確認検査の厳格化・構造計算適合性判定の導入につながった。[4]

こうして並べてみると、建築基準法という法律は、未来を予測して作られたルールブックではなく、過去の悲劇を一つずつ振り返りながら積み上げられてきた記録のようにも見えてきます。

筆者の視点
条文の改正履歴は、いわば「もう二度と起こさない」という約束の積層なのだと思います。今回はこのシリーズの第1回として、「なぜ建築基準法はいつも事件の後にしか動かないのか」という構造的な問いを考えてみます。

なぜ「先回り」できないのか

「事故が起きる前に規制を強化しておけばよかったのに」と言うのは簡単です。しかし実際には、建築基準法に限らず、多くの安全規制が「事件・事故が起きてから」強化されるパターンを繰り返しています。ここには、いくつかの構造的な理由があると考えられます。

01規制強化には必ずコストが伴う

スプリンクラーの設置義務、避難経路の追加、構造計算の厳格化――どれも安全性を高める一方で、建築コストや審査の手間を増やします。事業者にとっては負担増であり、建築費が上がれば住宅や店舗の価格にも跳ね返ります。

筆者の視点
「まだ事故が起きていない」状態で、こうしたコスト増を社会全体に納得してもらうのは簡単ではありません。「念のため」という理由だけで規制を強化しようとすると、「過剰規制だ」という反対意見が出やすくなります。

02合意形成のコストは、被害が出た後に下がる

実際に死者が出るような事故が起きると、状況は一変します。千日デパート火災や新宿歌舞伎町ビル火災のように、具体的な被害の実態が明らかになると、「同じことを二度と起こしてはいけない」という社会的合意が一気に形成されます。[1][2]

筆者の視点
規制強化そのものの「正しさ」は事故の前と後で変わっていないはずです。変わるのは、それを社会が受け入れるための心理的・政治的コストだけ。人は「具体的な犠牲」を目にしたときにはじめて、重い決断を下しやすくなるのではないかと思います。

03「想定」には限界がある

もう一つの理由は、将来起こりうるすべての事故やリスクを事前に網羅することが、原理的に難しいという点です。姉歯耐震偽装事件のように「確認検査をすり抜けて構造計算が偽装される」という事態は、実際に起きるまで規制を作る側の想定の外にありました。[4]

地震や火災のように繰り返し発生する自然災害であれば、ある程度のパターン化は可能です。しかし、人為的な偽装や、新しい建材・新しい用途の建物が引き起こす予期しないトラブルまでは、事前に完全に想定することはできません。

「最低限度」という言葉に込められた思想

ここで、建築基準法第1条を見てみましょう。

建築基準法 第1条(目的)

この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、公共の福祉の増進に資することを目的とする。

注目したいのは「最低の基準」という言葉です。建築基準法は、最初から「これを守れば絶対に安全」という上限を示す法律ではなく、「これより下回ってはいけない」という下限を示す法律として設計されています。

筆者の視点
この設計思想は、今回のテーマと深く関係していると思います。法律が示せるのはあくまで最低限のラインであり、そのラインは社会の合意が形成されるたびに、少しずつ上に引き直されてきた――それが、建築基準法の歴史の実像なのではないでしょうか。事件や災害のたびに「最低限のライン」が見直されることは、法律の不備というより、最低基準という制度そのものに織り込まれた性質だと言えそうです。
次回予告

規制が強化される前に建てられた「当時は適法だった建物」は、その後どうなったのでしょうか。そして、適法だったはずの建物で、実際に人が亡くなってしまったケースもあります。次回は「法律を守っていたのに、なぜ救えなかったのか」という問いを、具体的な事例とともに掘り下げます。
EP.01法律が後手に回る理由 EP.02「適法」だったのに人が死んだ建物の共通点 EP.03法改正と建物の寿命のズレ EP.04「想定外」が消えない理由
出典・参考

  1. 千日デパート火災・ホテルニュージャパン火災について:「ホテルニュージャパン火災」Wikipedia
  2. 新宿歌舞伎町ビル火災と消防法改正について:「小規模複合ビルの消防法改正」Panasonic 防災NET
  3. 関東大震災後の耐震規定追加(1924年市街地建築物法改正)・1981年新耐震基準について:「新耐震基準から40年を振り返る」国立研究開発法人建築研究所
  4. 2005年耐震偽装事件と2007年建築基準法改正について:「建築基準法の変遷 ~災害の歴史とともに~」株式会社アイジーコンサルティング