「想定外」という言葉が
建築基準法から消えない理由
大きな災害のたびに語られる「想定外」という言葉。法律が本質的に過去の集積でしかない以上、この言葉を完全に消すことはできません。シリーズ全4回の最終回として、この構造的な限界と、それでも基準が更新され続けてきた歴史を振り返り、建築士・実務者にとっての法律の意味を考えます。
はじめに ― 「想定外」が使われる場面
大きな地震や災害が起きると、「想定外」という言葉が必ず使われます。実は、建築基準法の歴史を振り返ると、この言葉が指すような出来事は、何度も基準を作り直す原動力になってきました。
例えば、1981年の新耐震基準は、それ以前の基準では十分に想定されていなかった規模の被害をもたらした1978年の宮城県沖地震を受けて生まれました。[1] また、超高層建築物が経験する「長周期地震動」についても、想定を超える事例を踏まえて、国土交通省から技術的な助言が出されています。[1]
「想定外」は、単なる言い訳の言葉ではなく、次の基準を作るための入力データのようなものなのかもしれません。
法律は本質的に「過去の集積」でしかない
このシリーズの第1回で見たように、建築基準法は事件や災害の「後」に強化されるという構造を繰り返してきました。コストの問題、合意形成のタイミング、そして想定そのものの限界。これらが絡み合って、法律は常に一歩遅れて動きます。
この構造を踏まえると、「想定外」という言葉が消えない理由がはっきりします。法律は、これまでに起きたことの集積でしかありません。まだ起きていない出来事を、完全な形で先取りすることは、原理的にできないのです。
第1回でも触れた「最低の基準」という言葉が、ここでもう一度意味を持ちます。法律が示せるのは、あくまで「これまでに分かっている最低限のライン」でしかなく、それ以上を保証する仕組みにはなり得ないということです。
それでも、基準は進化し続けている
ここまでの3回を振り返ってみます。
| EP.01 |
法律が後手に回る理由
規制強化のコスト、合意形成のタイミング、想定の限界という3つの構造を整理した。
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| EP.02 |
「適法」だったのに人が死んだ建物の共通点
既存不適格、確認検査の偽装、設備の管理不備という3つのパターンを見た。
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| EP.03 |
法改正と建物の寿命のズレ
既存不適格が生まれる構造と、2013年の耐震診断義務化という”珍しい先回り”の事例を見た。
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法律が後手に回る構造そのものは変わりません。しかし、その都度、最低限のラインは確実に上書きされ続けてきました。「想定外」が消えないことと、「基準が進化し続けていること」は、矛盾なく両立しているのだと思います。
建築士・実務者にとっての意味
ここまでの内容を踏まえると、実務者にとって大切な視点が一つ見えてきます。それは、「法律を守ること」と「安全をつくること」は、似ているけれど別の仕事だということです。
法律は最低限のラインを示すだけです。そのラインを守ることは当然必要ですが、それを超えてどこまで安全を設計するかは、最終的に実務者の専門性と判断に委ねられています。「最低基準を満たしている」という事実と、「想定外にどこまで備えられているか」という問いは、常に並走させて考える必要があるのだと思います。
シリーズ全体のまとめ
全4回にわたり、「条文の向こう側」というテーマで、建築基準法の歴史を振り返ってきました。法律が後手に回る構造、適法という言葉の限界、既存不適格というスピードのズレ、そして想定外が消えない理由。
建築基準法の条文は、無機質な数字やルールの集まりに見えて、実際には一つひとつに、誰かが経験した出来事の記憶が刻まれています。条文を読むときに、その向こう側にある歴史を少し思い出していただけたなら、このシリーズの目的は十分に果たされたのだと思います。
| EP.01法律が後手に回る理由 | EP.02「適法」だったのに人が死んだ建物の共通点 | EP.03法改正と建物の寿命のズレ | EP.04「想定外」が消えない理由 |
- 1981年新耐震基準の経緯および長周期地震動への技術的助言について:「新耐震基準から40年を振り返る」国立研究開発法人建築研究所