「適法」だったのに人が死んだ 建物たちの共通点(第2回)

シリーズ「条文の向こう側」 ― 第2回 / 全4回

「適法」だったのに人が死んだ
建物たちの共通点

この記事の要点
法律を守っていたはずの建物で、なぜ人が死んでしまうのか。「既存不適格」「確認検査をすり抜けた偽装」「管理が伴わなかった適法建築」――”適法”という言葉に潜む3つの落とし穴を、具体的な事例とともに整理します。

はじめに ― 「適法」という言葉の安心感

前回、建築基準法は「最低の基準」を示す法律であり、事件や災害のたびに、そのラインが少しずつ引き直されてきたことを見てきました。

では、ある時点で「適法」と判定された建物は、本当に安全だったのでしょうか。実際には、当時の法律をきちんと守っていたはずの建物で、人が亡くなってしまった事例が複数あります。「合法だから安全」という感覚と、現実の間には、思った以上に大きな隙間があるようです。

筆者の視点
「最低の基準」を満たすことと、実際に安全であることは、本来別の話のはずです。今回はその隙間がどこから生まれるのか、3つのパターンに分けて見ていきます。

共通点①「建てた時は合法」という時間差 ― 既存不適格

用語ノート:既存不適格

建築当時は合法に建てられたが、その後の法改正によって現在の基準を満たさなくなった建築物のこと。最初から法律に違反していた「違反建築」とは異なり、増改築をしない限りは、そのまま使い続けることが認められている。

この「既存不適格」は、特殊なケースではなく、日本中に数多く存在しています。代表的なのが、1981年の新耐震基準より前に建てられた建物です。

2013年(平成25年)には耐震改修促進法が改正され、病院・店舗・旅館など不特定多数が利用する大規模な旧耐震基準の建築物について、耐震診断の実施と結果の報告が義務化されました。[2] しかし、この義務化が議論されていた当時の報道では、対象となりうる旧耐震基準の大規模建築物が全国に15万棟以上あり、その約4割が耐震診断を受けていない状態だったと伝えられています。[3]

筆者の視点
「適法に建てられた建物」が、後から「耐震性が不十分な建物」として可視化されてしまう。既存不適格という制度は、まさにこの時間差そのものを名前にしたような言葉だと思います。

共通点②確認検査をすり抜けた偽装 ― 姉歯事件

2005年に発覚した耐震偽装事件(姉歯事件)では、建築士が構造計算書を偽造し、本来の耐震基準を満たさない建築物が、確認検査を通過して建てられていました。[4]

この事件が突きつけたのは、「確認検査を通過した=安全が確認された」とは限らないという事実でした。確認検査もまた一つの制度であり、悪意を持って偽装しようとする人を、完全に防ぎきれるわけではありません。この事件をきっかけに、2007年の建築基準法改正では、構造計算適合性判定(いわゆるピアチェック)が導入され、確認検査の厳格化が図られました。[4]

筆者の視点
確認検査という制度自体も、「最低限のチェック」でしかないのだと思います。チェックの目をすり抜けようとする意志がある限り、制度はいつも一歩遅れて強化されることになります。

共通点③適法でも管理が伴わなかったケース ― ホテルニュージャパン

1982年のホテルニュージャパン火災では、当時の建築行政庁による一斉点検で、同ホテルは建築基準法に照らして適法と判定され、5段階評価のA評価を受けていました(ただし、別途交付される「適マーク」自体は受けていませんでした)。[4]

しかし、実際の火災発生時には、スプリンクラーは作動しないまま放置され、消防設備や館内緊急放送回路も故障した状態で使われていたことが分かっています。[1] 「制度上は適法」という評価と、「実際に機能する設備が維持されているか」は、まったく別の問題だったということです。

筆者の視点
法律が定めているのは、設備を「設置すること」までです。それを日々「機能する状態で維持すること」は、設計・施工の話ではなく、運用・管理の話になります。この事件は、法律の限界というより、法律が本来カバーしきれない領域を映し出しているように思います。

おわりに ― 「適法」は安全の証明ではない

3つの事例を並べてみると、「適法だったのに人が死んだ」建物には、それぞれ異なる原因があることが分かります。法改正前に建てられたままの建物、確認検査をすり抜けた偽装、そして設備があっても維持・管理が伴わなかったケース。

共通しているのは、「適法」という言葉が、私たちが思っているよりもずっと狭い範囲しか保証していないという点です。それは安全の証明ではなく、あくまで最低限の通過点でしかありません。

次回予告

既存不適格という現象は、なぜこれほど多く生まれてしまうのでしょうか。次回は、法改正のスピードと建物の寿命のズレという構造的な背景に焦点を当て、実務者が既存不適格とどう向き合うべきかを考えます。
EP.01法律が後手に回る理由 EP.02「適法」だったのに人が死んだ建物の共通点 EP.03法改正と建物の寿命のズレ EP.04「想定外」が消えない理由
出典・参考

  1. ホテルニュージャパン火災の経緯について:「ホテルニュージャパン火災」Wikipedia
  2. 2013年耐震改修促進法改正の内容について:「建築物の耐震改修の促進に関する法律の一部を改正する法律案について」国土交通省
  3. 旧耐震基準の大規模建築物の耐震診断未実施率について:「大規模建築物の耐震診断義務化、2013年通常国会に法案提出へ」日本経済新聞
  4. 2005年耐震偽装事件と2007年建築基準法改正について:「建築基準法の変遷 ~災害の歴史とともに~」株式会社アイジーコンサルティング