建築設計 × 心理学
アンダードッグ効果——弱者に見せて選ばれる空間をつくる
For Architects & Space Designers
この記事を読むと、「あえて完璧に見せない」という設計の引き出しが増えます。強さを前面に押し出すより、弱さや不完全さをさらけ出すほうが人の心をつかむ——そんな心理学の法則を、空間設計にどう使うかを具体的に解説します。
アンダードッグ効果とは何か
「アンダードッグ」とは英語で負け犬・劣勢な側を意味する言葉です。競争や勝負で、勝ち目の薄いほうを指します。スポーツ観戦でも、格下のチームをつい応援してしまったことはありませんか。それが、この効果の正体。
アンダードッグ効果とは、弱い立場にある者・劣勢の側が、より多くの支持や共感を集めるという心理現象です。マーケティング研究者のジョナ・バーガー(ペンシルベニア大学ウォートン校)らが消費者行動の文脈で注目し、2012年前後から学術的な議論が活発になりました。
なぜ弱者が支持されるのか。答えは「感情移入のしやすさ」にあります。完璧な存在には憧れても、共感はしにくい。でも、弱さや不完全さを持つ存在には、自分自身を重ねやすい。人は「自分に近い」と感じたものに、より深く心を動かされます。
建築・空間設計の文脈でいえば、これは大きな可能性を秘めています。完璧に整えられた高級感だけが正解ではない。あえて「隙」や「余白」「未完成感」を演出することで、空間がより多くの人に選ばれる——そんな設計の視点です。
❌ 失敗例
「高級感を出して」の一言で詰め込んだ複合施設
クライアントの要望通り、入口を大理石+金属サインで統一。竣工後にテナントから「なんか入りにくいって利用者に言われる」とクレームが届いた。完成度は高いのに、人が足を止めない。設計者が最もつらい類の失敗。
✓ 成功例
サイン撤去・古材入口にしたリノベ店舗
同規模の別プロジェクトで、あえて看板をなくし古材の引き戸を採用。「なんか気になって入ってみた」という声が続出した。設計者が「完璧にしない」と決断した箇所が、集客の起点になった。
「完璧な空間」より「隙のある空間」が選ばれる時代がある。
設計に応用する3つのテクニック
アンダードッグ効果を空間設計に活かすには、「弱さ・不完全さ・親しみやすさ」をどう意図的に演出するかがポイントです。以下の3つのテクニックを紹介します。
UNDERDOG ENTRY — 商業施設・店舗・カフェ
入口を「あえて控えめ」にする
店舗や施設の入口を、周辺に比べてあえて小さく・目立たなく設計する手法です。看板を最小限にする。外観に高級感を主張しない。通りに面した開口を広くとらず、路地の奥に配置する——そうした選択が、知る人ぞ知る「隠れ家」感を生みます。
これはまさにアンダードッグ効果の構造です。目立たない=弱者に見える存在が、人の「応援したい」「自分だけが見つけた」という感情を引き出す。自分が発見したと感じられる場所には、人は強い愛着を持ちやすい。見つけた瞬間の小さな達成感。それが「また来たい」に変わります。
💡 設計のコツ:外観の看板・サインを極力減らし、素材の自然な表情(錆・古材・コンクリート打ち放し)を前面に出す。主張しない外観がかえって目を引く。
📌 CASE STUDY
graf media gm(グラフ メディア ジーエム)
設計:服部滋樹 / 大阪市北区中崎町 / 2001年開設
デザインオフィス・ショップ・カフェを複合するgrafの拠点。派手な看板はなく、路地の奥に控えめに構える。それでも口コミだけで広がり、中崎町エリアのクリエイティブ集積を象徴する存在となりました。隠れ家性が、かえって強固なファンコミュニティを形成した好例です。
IMPERFECT TEXTURE — 住宅・宿泊施設・ワークプレイス
「不完全な素材」を意図的に残す
壁の左官塗りに意図的な「刷毛目」や「むら」を残す。床材の節や割れをパテで埋めずそのままにする。コンクリートの型枠跡を消さずに仕上げる——完璧に処理しない素材の表情が、空間に「人の手の温もり」をもたらします。生きた素材感。それが人を引き寄せます。
これはアンダードッグ効果そのものです。完璧すぎる素材は「手が届かない存在」として距離を生む。逆に、わずかな不完全さを持つ素材は、弱者への共感と同じように「支えたい・大切にしたい」という感情を呼び起こします。素材が「弱さ」を持つとき、使う人は優しくなる。愛着の始まり。
💡 設計のコツ:仕上げ材の選定段階で「意図的な不完全さを許容するか」を設計意図として明記する。施工者への指示は「完璧に仕上げない」ではなく「自然な表情を残す」と伝えると意図が伝わりやすい。
📌 CASE STUDY
箱根本箱
設計:SUPPOSE DESIGN OFFICE / 神奈川県足柄下郡箱根町 / 2018年開業
本と温泉をテーマにしたブックホテル。地元の杉材・和紙など、節や色むらを持つ素材を随所に採用。磨き上げた高級素材ではなく、素材本来の表情を活かした仕上げが「懐かしいのに新しい」という感覚を生みました。不完全さが愛着に変わった空間。開業以来、高い稼働率を維持しています。
UNFINISHED NARRATIVE — 公共施設・文化施設・地域拠点
「余白」で使う人に物語をゆだねる
機能を詰め込まない。家具を置きすぎない。用途を決めすぎない——設計段階で意図的に「余白」をつくる手法です。フレキシブルに使えるオープンスペース。転用可能な床面積。用途ラベルのない場所。そこに人が集まり、思い思いの使い方を始めます。
アンダードッグ効果の核心は「感情移入のしやすさ」にあります。すべてが決まりきった空間には、使う人の入る隙がない。余白のある空間は「まだ完成していない」劣勢の側のように見える。でも人はその弱さに感情移入し、自分の物語を重ね、空間の一部になったと感じます。選ばれる空間の正体は、その余白にあります。
💡 設計のコツ:平面計画の段階で「何もしない場所」をゾーニング図に明記する。用途未定エリアを設計意図として積極的に記述し、発注者に余白の価値を説明する。
📌 CASE STUDY
武蔵野プレイス
設計:kwhgアーキテクツ(工藤和美+堀場弘) / 東京都武蔵野市 / 2011年竣工
図書館・生涯学習・市民活動を束ねた複合施設。用途を固定しない——それが設計の出発点でした。余白の多いフロア構成が、開館後に市民の自発的な活動を次々と生み出しました。図書館の枠を超えた地域拠点。余白が空間に物語を宿した事例です。
まとめ早見表
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| やりたいこと | 設計のコツ | キーワード |
|---|---|---|
| リピート客・ファンを増やしたい | 入口を控えめにし、看板・サインを最小限に抑えて隠れ家感を演出する | アンダードッグ効果/隠れ家性 |
| 空間に愛着・温もりを出したい | 左官むら・素材の節・型枠跡をあえて残し、完璧に仕上げない素材感を活かす | 不完全性の受容/素材の表情 |
| 使う人に自分の居場所と感じてもらいたい | 用途を決めすぎない余白スペースを意図的に設け、使い手の物語をゆだねる | 余白設計/感情移入 |
CLOSING
完璧じゃない空間が、人の心を動かす。
強さを主張するだけが設計の選択肢ではありません。アンダードッグ効果が示すのは、弱さや余白・不完全さを意図的に設計することで、人はその空間をより身近に感じ、深く愛着を持つという事実です。「隙のある空間」は、脆いのではなく、人を受け入れる器の広さを持っています。
あなたが手がけた空間で、「完璧じゃないのにリピートされている」場所はありますか?素材・入口・間取り——どこに「隙」を残しましたか?ぜひコメントで教えてください。同じ悩みを持つ設計者の参考になります。