法改正のスピードと建物の寿命
― ズレが生む既存不適格問題
法律は事件のたびに少しずつ強くなりますが、建物は何十年も使われ続けます。このスピードのズレが「既存不適格」という現象を生み出します。既存不適格と違反建築の違い、実務でよく出会うパターン、そして2013年の耐震診断義務化という”珍しい先回り”の事例を整理します。
はじめに ― 住宅の寿命と法改正のサイクル
建築基準法は、事件や災害のたびに改正されてきました。一方で、建物そのものは改正のたびに建て替えられるわけではなく、何十年も使われ続けます。このスピードのズレこそが、今回のテーマです。
国土交通省の資料などを根拠にした各種統計では、調査手法によって数値に幅があるものの、日本の住宅の平均的な使用年数はおおよそ30年前後とされ、アメリカの55年前後、イギリスの77年前後と比べて短いと指摘されています。[1]
| 日本 | 約30年 | |
| アメリカ | 約55年 | |
| イギリス | 約77年 |
※住宅の平均使用年数(取り壊された住宅の平均築後年数等を基にした各種資料の一例)。調査主体・年次・算出方法によって数値には幅があります。[1]
法改正は数年〜十数年おきに行われる一方、建物は数十年単位で使われ続けます。このギャップこそが、既存不適格という現象を構造的に生み出す土壌になっているのだと思います。
既存不適格と違反建築は何が違うのか
前回も触れた「既存不適格」ですが、現場でよく混同されるのが「違反建築」との違いです。
違反建築:建てた時点から、当時の法律や許可内容に違反していた建物。無許可の増築や、検査を受けていない工事などが該当し、是正命令の対象になりうる。
この2つは見た目では区別がつかないことも多く、建物の建築年と、当時・現在の法令を正確に確認しないと判断できません。実務上、ここを取り違えると、改修計画や資産価値の評価そのものが狂ってしまいます。
実務でよく出会う既存不適格のパターン
既存不適格は、主に次のような場面で発生します。
耐震基準:1981年の新耐震基準より前に建てられた建物。
容積率・建蔽率:用途地域の変更や、隣接道路の状況変化などにより、現行の指定値を超えてしまった建物。
防火規定:後から防火地域・準防火地域に指定されたエリアに、指定前から存在していた建物。
これらの建物は、現状のまま使う限りは合法ですが、増築・改築や用途変更を行う際には、原則として現行基準への適合(あるいは緩和規定の活用)が求められることが多くなります。
2013年改正という”珍しい先回り”の事例
2013年(平成25年)11月、耐震改修促進法が改正され、病院・店舗・旅館等の不特定多数が利用する大規模な旧耐震基準の建築物(階数3以上かつ延べ面積5,000平方メートル以上など)について、耐震診断の実施とその結果の報告が義務化されました。所有者は2015年12月末までに報告し、行政庁はその結果を公表することとされています。[2]
この改正が議論されていた2013年当時の報道では、対象となりうる旧耐震基準の大規模建築物が全国に15万棟以上あり、そのうち約4割が耐震診断を受けていなかったと伝えられています。[3]
これまで見てきた法改正の多くは、実際に死者が出た事件・災害の「後」に動いていました。しかし2013年の改正は、首都直下地震や南海トラフ巨大地震といった「将来起こりうる」リスクを見据えた、いわば珍しい先回り型の規制だったように見えます。完全な想定外を消すことはできなくても、すでに分かっているリスクを”見える化”して社会的な改修圧力をつくる、という手法だったのではないでしょうか。
おわりに ― 既存不適格と向き合うということ
既存不適格は、法律の不備というより、法改正という仕組みが続く限り構造的に発生し続ける現象です。なくすことはできません。
だとすれば実務者にとって大切なのは、既存不適格を「見つける目」と、それにどう向き合うかという知識を持つことです。耐震診断や改修の提案ができるかどうかは、まさにこの専門性の差として現れるのだと思います。
| EP.01法律が後手に回る理由 | EP.02「適法」だったのに人が死んだ建物の共通点 | EP.03法改正と建物の寿命のズレ | EP.04「想定外」が消えない理由 |
- 住宅の平均使用年数の国際比較について:「日本の住宅は寿命が短く住居費の負担が重い」LIFULL HOME’S
- 2013年耐震改修促進法改正の内容について:「建築物の耐震改修の促進に関する法律の一部を改正する法律案について」国土交通省
- 旧耐震基準の大規模建築物の耐震診断未実施率について:「大規模建築物の耐震診断義務化、2013年通常国会に法案提出へ」日本経済新聞